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京都地方裁判所 平成9年(ワ)1305号 判決

甲事件原告 堀田益雄

〈他4名〉

乙事件原告 横山政俊

〈他3名〉

右九名訴訟代理人弁護士 永井弘二

同 長野浩三

同 新谷正敏

被告 京都市

右代表者市長 桝本賴兼

右訴訟代理人弁護士 田辺照雄

主文

一  被告は、別表の「原告名」欄記載の各原告に対し、「認容額」欄中の「金額欄」記載の各金員及びこれに対する「遅延損害金起算日」欄記載の日から支払い済みまで年五分の割合による金員を支払え。

二  甲事件原告ら及び乙事件原告らのその余の各請求をいずれも棄却する。

三  訴訟費用は、甲事件原告仲北浦明に生じた費用の二分の一を同原告の負担とし、その余を被告の負担とし、その余の甲事件原告ら及び乙事件原告らに生じた費用については各一〇分の三を当該原告の負担とし、その余を被告の負担とし、被告に生じた費用については一〇分の七を被告の負担とし、その余を甲事件原告ら及び乙事件原告らの負担とする。

事実及び理由

第一原告らの請求

一  甲事件

被告は、別表の「原告名」欄記載の各甲事件原告に対し、「請求額」欄中の「金額欄」記載の各金銭及びこれに対する「遅延損害金起算日」欄記載の日から支払い済みまで年五分の割合による金員を支払え。

二  乙事件

被告は、別表の「原告名」欄記載の各乙事件原告に対し、「請求額」欄中の「金額欄」記載の各金銭及びこれに対する「遅延損害金起算日」欄記載の日から支払い済みまで年五分の割合による金員を支払え。

第二事案の概要

本件は、被告が設置した区役所及びその支所(以下「区役所等」という)における夜間、休日の業務に従事するものとして任用された非常勤嘱託員である甲事件原告ら及び乙事件原告ら(以下「原告ら」といい、個別に表示するときは、単に「原告何某」という)が被告に対し、被告の職員である各区役所等の区長ないし支所長(以下「区長等」という)が、原告らについて厚生年金保険法(以下「法」ということがある)二七条の被保険者資格の届出を怠ったため、原告らが厚生年金の受給権を取得することができなかったことが原告らに対する不法行為であるとして、その使用者である被告に対し、民法七一五条または七〇九条に基づき損害賠償を求めた事案である。

一  争いのない事実

1  当事者

被告は、地方自治法一条の二にいう普通地方公共団体であり、原告らが労働に従事している各区役所等を設置した者である。

原告らは、被告代表者京都市長より、京都市の各区役所等において、宿日直業務を中心とする夜間、休日の業務に従事するものとして任用された者であり、地方公務員法三条三項三号の非常勤嘱託員である。各原告の生年月日、任用年月日は次のとおりである。(なお、原告らのうちには嘱託員として二回以上任用された者がいるが、本件で問題となっている期間の任用のみを次のとおり摘示している。)

(一) 原告堀田 大正六年一二月二二日生、昭和五三年三月一六日任用

(二) 原告田邊 大正七年二月二一日生、昭和六〇年七月任用

(三) 原告大前 昭和四年六月五日生、昭和六二年四月任用

(四) 原告児島 昭和四年四月二二日生、昭和六二年六月任用

(五) 原告仲北浦 昭和三年三月二五日生、昭和四六年一二月一日任用

(六) 原告横山 昭和二年七月五日生、昭和五九年四月一日任用

(七) 原告塚本 昭和三年一二月一日生、昭和六〇年一一月一日任用

(八) 原告小林 大正一五年三月二四日生、昭和五六年五月一日任用

(九) 原告藤川 昭和六年一一月六日生、平成四年七月一日任用

2  事実経過

(一) 被告は、昭和四六年ころ、一般職員の労働条件の整備にあたり、それまで、一般職員が担当していた区役所等の夜間の宿直業務を、非常勤嘱託員に委嘱し、更に土曜日の午後の業務(以下「土直業務」という)並びに休日の日直業務についても非常勤嘱託員に委嘱するようになった〔土直業務及び日直業務の委嘱開始時期については、原告らは、宿直業務の委嘱開始と同時期である旨主張するのに対し、被告は、昭和四九年四月からである旨主張していて、争いがある。以下、宿直、土直(もっとも、週休二日制の実施に伴い、土直はなくなった)及び日直を併せて「宿日直」といい、被告の区役所等の宿日直を委嘱された非常勤嘱託員を「本件宿日直嘱託員」という〕。

(二) 本件宿日直嘱託員の業務内容

本件宿日直嘱託員の業務内容は次のとおりである。

(1) 庁舎の管理

(2) 時間外窓口業務

① 電話の応対、取次、来訪者への対応、郵便物の収受、火災、災害等緊急時の電話連絡等(総合庁舎にあっては、福祉事務所、保健所の緊急時の電話連絡も含む)

② 戸籍事務(婚姻、離婚、死亡、養子縁組、離縁等の届出の受理)

③ 埋火葬許可証の発行

(三) 本件宿日直嘱託員の勤務形態

本件宿日直嘱託員の勤務形態は次のとおりである。

(1) 夜間

夜間の勤務時間は、午後五時から翌日午前八時三〇分までの一五時間三〇分であり、二人体制で勤務する。なお、戸籍に関する届出、電話での問い合わせには仮眠中でも対応する必要がある。

(2) 土曜日、日曜日、祝日及び一般職員の年末年始休暇中の昼間

昼間の勤務時間は、午前八時三〇分から午後五時までの八時間三〇分であり、二人体制で勤務する。なお、夜間勤務と昼間勤務が連続することもあり、同一人が二四時間にわたって連続勤務することもある。

(四) 厚生年金保険法の適用事業所であること

各区役所等は、法六条一項二号の適用事業所にあたる。また、各区役所等の区長等は、法上の事業主である。

(五) 原告らの厚生年金保険加入手続に対する被告の措置

(1) 法が定める厚生年金被保険者資格の取得手続は次のとおりである。

〔「国民年金等の一部を改正する法律」(昭和六〇年法律第三四号、以下「年金改正法」という)による改正前の厚生年金保険法(以下「旧法」という。なお現行の厚生年金保険法を旧法と区別する趣旨で「新法」ということがある)も同様の取得手続を定めている〕。

① 被保険者(法九条)

適用事業所に使用される六五歳未満の者は厚生年金保険の被保険者である。ただし、旧法適用者にあっては六五歳以上の者も含む。

② 資格取得喪失の時期(法一三条、一四条)

被保険者は、適用事業所に使用されるに至った日に被保険者の資格を取得し、事業所から使用されなくなったとき(法一四条二号)や六五歳に達したとき(同条五号)等に被保険者の資格を喪失する。ただし、旧法適用者は、改正法施行日(一九八六年四月一日)に資格を喪失する。

③ 事業主の知事への届出義務(法二七条)

適用事業所の事業主は、厚生省令の定めるところにより、被保険者の資格の取得等に関する事項を都道府県知事に届け出なければならない。

④ 知事による資格取得の確認(法一八条)

被保険者の資格の取得等は、都道府県知事の確認によって、その効力を生ずる(同条一項)。この確認は、法二七条の規定による届出等により行うものとする。

(2) なお、法は、保険料等を徴収する権利は二年を経過したときは時効によって消滅する旨(法九二条一項)、保険料を徴収する権利が時効によって消滅したときは、当該保険料に係る被保険者であった期間に基づく保険給付は行わない旨(法七五条)を定めている。

(3) 原告らについて各区長等によってとられた措置

各区長等は、原告らの使用を始めた後、京都府知事に対する原告らの被保険者の資格の取得に関する事項の届出をせず、平成七年に至り、所轄社会保険事務所の勧告を受けたことから、同年八月ころ、初めて右届出をした(以下、各区長等が原告らの使用を始めてから平成七年八月まで右届出をしなかったことを「本件措置」という)。右届出によって、原告らのうち、平成五年八月現在で六五歳未満の者は、平成七年九月、最大で過去二年間に遡った期間分の保険料を納付した。しかし、平成五年七月分以前の保険料については徴収権が時効消滅していて納付することができず、原告らは、右消滅期間に対応する厚生年金受給権を取得することができなかった。

3  その他の付随する事情

(一) 被告は、原告らと同様の非常勤職員である区役所の国民保険の徴収吏員、地域振興室の相談員、国民保険の滞納保険料の徴収吏員については、平成七年八月以前から法二七条に基づく届出をしており、同人らは厚生年金保険の被保険者として扱われていた。

(二) 被告は、原告らについて、被保険者資格について厚生年金保険と同様の要件を定めている健康保険については、加入手続をとっていた。

二  争点及びこれについての当事者の主張

1  各区長等の本件措置は被告の事業の執行についてのものといえるか。

(一) 原告らの主張

本件措置は被告の事業の執行にとって必要ないし有益なものであって、被告の事業の執行についてのものといえる。

(二) 被告らの主張

厚生年金保険被保険者資格取得手続は、被告ではなく各区長がすべき義務であるから、本件措置は被告の事業の執行についてのものとはいえない。

また、被告に使用者責任を肯定するときは、有責な各区長を原則的に免責し、法上責任のない被告に損害賠償責任を負わせることになるので妥当でない。

2  各区長等がした本件措置は違法か。

(一) 原告らの主張

(1) 原告らは、適用事業所に使用される者であり、法一二条の除外要件に該当しないから、厚生年金の被保険者資格を有する。

(2) 法二七条に基づく事業主の届出義務の違反は、刑罰が科せられることもある重大な違法行為である(法一〇二条一項一号)。

(二) 被告の主張

(1) 法は、一二条において被保険者の除外規定を設け、その二号ないし五号において、短期、臨時的な使用関係にたつ労働者に被保険者資格を与えていない。その趣旨は、短期、臨時的な使用関係に入る労働者は、その労働の対価で生活を維持していくものとはみられず、これらの者を厚生年金保険の被保険者として扱うことは法一条に定める法の目的にそぐわないこと、短期、臨時的な使用関係に入った者について厚生年金への加入を認めることは、事務的負担と対比し、実効があがらない点にあると解される。

(2) 右除外規定に直接は該当しないが、実務において、これと同様に扱われている者が存在する。すなわち、夫に扶養されているパートタイマー主婦、親に扶養されているアルバイト学生等、一般に比べ労働時間が短時間で、賃金も少なく、事実上退職が自由な就労者で、生活費を稼いでいるとはみられない者である。これらの者は、法九条にいう「適用事業所に使用される……者」にあたらず、被保険者資格を与えられていない。

厚生省保険局保険課長、社会保険庁医療保険部健康保険課長、同庁年金保険部厚生年金課長が昭和五五年六月六日に都道府県民生主管部保険課課長宛に送付した内簡(以下「本件内簡」という)によれば、これら短時間労働者の健康保険及び厚生年金の被保険者資格の有無の判定基準を「常用的使用関係」の有無によるとし、「常用的使用関係」にあるか否かは、就労者の労働日数、労働時間、就労形態、勤務内容を総合的に勘案して認定すべきであるが、一日又は一週の所定労働時間及び一か月の所定労働時間が当該事業所の同種業務につく通常の就労者の概ね四分の三以上である就労者は原則として被保険者資格者として取り扱うべきである、とされている。

(3) ところで、本件宿日直嘱託員が常用的使用関係にあるか否かの判別は、本件内簡が示す判断基準によることは不可能である。なぜなら、本件宿日直嘱託員の就業事業所には、同種業務に就く通常の就労者が存在しないからである。そこで、法が前記除外規定をもうけた趣旨に鑑み、次の事情に照らせば、本件宿日直嘱託員には厚生年金の被保険者資格がないというべきである。よって、本件措置は違法でない。

① 本件宿日直嘱託員は、一般の被告職員に比較して給与が少額である(平成五年四月における本件宿日直嘱託員の給与は月額一一万円ないし一二万円にすぎない)。

② 本件宿日直嘱託員の労働時間の約半分が仮眠時間であって、労働密度は極めて薄い。

③ 本件宿日直嘱託員の多くは既に地方公務員共済年金資格、厚生年金資格を取得した者、あるいは本業の傍ら副業的に就労している者であり、厚生年金加入の必要性は低い。

(4) 仮に、本件宿日直嘱託員を本件内簡による判断基準によって判定しうるとしても、本件宿日直嘱託員に関しては、次のとおりの事情が存在するから、常用的使用関係にあるということはできない。

したがって、本件宿日直嘱託員には厚生年金の被保険者資格がないというべきであり、本件措置は違法でない。

① 本件宿日直嘱託員は、一般の被告職員に比較して給与が少額である(平成五年四月における本件宿日直嘱託員の給与は月額一一万円ないし一二万円にすぎない。)上、その給与は日給月給で支給される。

② 本件宿日直嘱託員の労働時間の約半分が仮眠時間であって、労働密度は極めて薄い。

③ 本件宿日直員の勤務日は、あらかじめ定められていたものではなく、必要な都度上司が勤務日を命ずる交代制勤務である。

④ 本件宿日直嘱託員の多くは既に地方公務員共済年金資格、厚生年金資格を取得した者、あるいは本業の傍ら副業的に就労している者であり、被告の厚生年金加入の必要性は低い。

(三) 被告の右主張に対する原告の反論

(1) 法一二条の除外要件に該当しないすべての「適用事業所に使用される者」が被保険者資格を有すると解するべきであり、その解釈こそが、労働者に広く年金保険を適用し、その生活の安定と福祉の向上に寄与することを目的とする法の趣旨に合致する。

また、被告の各区役所等では、本件宿日直業務に従事する一般の職員は存在しないから、勤務時間の比較の対象を欠き、本件宿日直嘱託員には、本件内簡にいう「常用的使用関係」なる概念による判断基準は適用されない。

(2) 仮に、本件内簡にいう「常用的使用関係」なる概念による被保険者資格の制限を認めるとしても、原告らは、次のとおり、「常用的使用関係」を肯認する基準を満たしている。

① 原告らの週の延べ労働時間を計算する。なお、原告らの勤務は二人勤務であり、各区役所等毎に、従前は三名が、その後は四名が交替で勤務していた。労働時間を宿直(午後五時から翌午前八時三〇分勤務)の場合、仮眠時間七時間を控除して八時間三〇分、土直(土曜日が一二時まで業務時間であったころの午後〇時から午後五時までの勤務)の場合五時間、日曜日、祝日の日直(午前八時三〇分から午後五時まで)の場合八時間三〇分とし、二人勤務であるから、一区役所等における本件宿日直嘱託員の延べ労働時間は一週間あたり一四六時間となる。

〔(計算式)(8.5×7+5×1+8.5×1)×2=146〕

したがって、一週間の一人当たりの勤務時間は、三名体制のころは約四九時間、四名体制になってからでも約三六時間となる。これらが、一般職員の労働時間の四分の三以上であることは明らかである。なお、被告は平成二年ころ週休二日制を実施したが、これによって一般職員の労働時間が減少する一方、本件宿日直嘱託員の労働時間は増加したから、週休二日制実施後も右四分の三の基準を満たしていることが明らかである。

② なお、①の計算は、控えめに仮眠時間を労働時間に含めていないが、原告らの業務は、戸籍の受付、電話の応対を含んでいて、仮眠時間といえども原告らが自由に利用できる時間ではなく、被告の指揮監督下にあるというべきであるから、これも労働時間に含まれるというべきである。(仮眠時間を労働時間に含めたときに、右四分の三の基準を満たすことは明らかである。)

3  各区長に、本件措置について責任(故意、過失)があるか。

(一) 被告の主張

(1) 仮に、原告らに厚生年金保険の被保険者資格があるとしても、その判断は、被告と原告らの間に「常用的使用関係」があるか否かの判断に係わり、極めて困難である。したがって、各区長が、原告らについて「常用的使用関係」がないとの判断に基づいて法二七条に基づく届出をしなかったとしても、そのことについて故意がないのは勿論のこと、過失もない。

(2) このことは、被告の外にも多数の自治体において、嘱託職員について厚生年金保険に保険者として処理しなかった多数の事例が存することからも裏付けられる。

(3) また、被告の各区役所等が本件宿日直嘱託員を含む多数の非常勤職員を雇用していたことは、被告の厚生年金保険の事務を所管する社会保険事務所にとっては顕著な事実であったと考えられるところ、右社会保険事務所は、平成七年まで、被告に対し、本件宿日直嘱託員の厚生年金保険加入につき何らの指摘もしなかった。そのため、被告は自らが適正に年金事務を処理しているものと考えていたのであって、被告には本件措置につき故意・過失はない。

(二) 原告らの主張

原告らに「常用的使用関係」があるか否かの判断は、本件内簡において基準が示されているのであって、容易である。また、被告は、原告らにつき、厚生年金保険と同様の加入要件を定めている健康保険への加入手続をとっていたから、原告らに厚生年金保険の被保険者資格があることを知り得たはずである。被告は、原告らの被保険者資格の有無について、社会保険事務所や京都府に問い合わせすらしていない。被告は、原告らの被保険者資格の有無について、検討すらしなかったと推認され、故意もしくは重過失があることが明らかである。

4  被告の責任は免責されたか。

(一) 被告の主張

法は、被用者が被保険者たる資格を有しながら、その取得手続がとられない事例が多数発生することを予想し、厚生年金保険料を二年に限り遡って支払うことを認め、保険料の支払われていない期間については年金の支給をしない旨を規定している。その趣旨は、国、使用者、被用者の三者間において、右紛争を簡明に解決し、資格取得手続を怠った使用者を免責する点にあると解せられる。

本件においても、右の法の規定通りに処理されているから、被告は免責されている。

(二) 原告らの主張

法の時効の規定は、国と被保険者との間の権利義務を定めるものであって、被用者と使用者との間の権利義務を定めるものではない。被告の主張は、それ自体で失当である。

5  原告らの権利の一部が除斥期間の経過により消滅したか。

(一) 被告の主張

仮に、被告に不法行為責任があるとしても、訴えの提起時(甲事件については平成九年五月二九日、乙事件については平成一〇年七月二日)から二〇年以上前のものについては民法七二四条後段の除斥期間の経過により消滅した。

(二) 原告らの主張

民法七二四条後段の「不法行為ノ時」とは、不法行為の成立要件が充足された時、即ち、加害行為がありかつそれによる損害が発生した時を意味すると解するべきである。なぜなら、これを加害行為の行われた時と解すると、行為後一定期間を経てから損害が発生する場合には、損害賠償請求権が発生する前にその除斥期間が進行を開始するという矛盾が生じるからである。もっとも、通常の不法行為においては、加害行為時に損害が未だ現実化、顕在化していないとしても、それが将来現実に発生すべきことの認識が客観的に可能であり、従って損害賠償請求権も客観的に行使可能なので、行為の時をもって損害が発生したものとみなし、従って損害賠償請求権も発生したものとして処理し、その時点から除斥期間が開始するものとして扱うのが相当なのである。

ところで、年金請求権は、一定期間、各種の年金の被保険者となり、各保険料を納付したことを要件として支給されるものであるところ、最終的にどの程度の年金が支給されることになるのかは、現実に年金の支給決定を経ないと明らかにならない性質を持つ。つまり、二〇年前の時点に立って見ると、将来においてどの程度の年金が支給されるのかは、その後の年金の加入状態により変動することとなるため、その時点において、本来加入できたはずの年金についての損害を確定することは不可能である。

よって、本件においては、除斥期間の進行は、年金額の決定通知があったときからと解すべきであるから、原告らについて二〇年の除斥期間が経過していないことは明らかである。

6  過失相殺

(一) 被告の主張

(1) 法は、被用者が被保険者資格を有しているのに使用者が資格取得手続をとらない場合があることを想定し、被用者が都道府県知事に対し、資格取得の確認を請求する手続を定めている(三一条)。

(2) 原告らが右確認請求をしなかったため、原告らの損害が拡大したものであるから、過失相殺により、原告らの損害の五〇パーセントを減ずるのが相当である。

(二) 原告らの主張

年金制度は、国民皆年金を理念として成立しているものであり、厚生年金の場合、その理念の実現を容易にするため、事業主に届出義務を課しているものである。事務的にも各被用者が個別に社会保険事務所に届け出ることは、年金事務の遂行を事実上不可能にするものである。そのため、原則として、事業主に届出義務を課し、補充的に知事による被保険者資格の確認漏れを防ぐため、各被保険者に確認請求の制度をおいたに過ぎない。

それゆえ、法文上も、事業主には、届出義務違反について刑事罰を課す一方で(厚生年金保険法一〇二条一項一号)、被用者のなす確認請求は「することができる」と権限の形式で定められている。被保険者が権限行使をしなかったことは、過失とはならない。また、事実上この確認請求の制度自体が被保険者に広く周知されているものではなく、現実に広範に利用されていない状況のもとで、不法行為制度の目的である損害の公平な分担という見地からすれば、法律上の義務を怠っている被告が原告らの確認請求制度の不知を被告の過失と等値して主張すること自体が公平を欠き、許されない。

7  損害論

(一) 原告らの主張

(1) 原告らは、被告の不法行為により、相当期間にわたる厚生年金保険料を納付することができず、その結果、その期間に対応する厚生年金保険受給権を取得できないこととなった。厚生年金保険給付には、老齢、障害、死亡を支給事由とする給付があるが、原告らは、そのうち、前記被告の不法行為により老齢(原則として、六〇歳)に達することを支給事由とする厚生年金給付を受けられなくなったのである。

(2) 年金制度は、年金改正法により、基礎年金制度を導入する等の大きな改正を見たが、右改正にあたり、年金改正法は、「大正一五年四月一日以前に生まれた者又は施行日(昭和六一年四月一日)の前日において旧法による老齢年金の受給権を有していた者については」、なお旧法を適用することにしている(年金改正法附則第六三条一項)。

したがって、原告らが給付を受けられなくなった老齢に達することを支給事由とする厚生年金給付とは、具体的には、旧法の適用を受ける者については、「老齢年金(旧法三二条、第四二条)又は通算老齢年金(旧法第三二条、第四六条の三)」(以下「老齢年金等」という。)であり、新法の適用を受ける者については、「老齢厚生年金(新法第三二条、第四二条)又は特別支給の老齢厚生年金(新法附則第八条)」(以下「老齢厚生年金等」という。)のことである。

なお、これらの厚生年金給付について、原則として六〇歳以上六五歳未満の在職者(厚生年金保険の被保険者)に関しては、就労収入により定まる標準報酬月額に応じて(ただし、新法適用対象者については、平成七年四月一日からは、年金額も加味して)、年金額の全部又は一部の支給が停止されることになっている(以下、現実に支給される年金を「在職老齢年金」という。)。

(3) 前記の各種老齢に達することを支給事由とする厚生年金給付の内容の概括的内容は次のとおりである。

① 老齢年金

老齢年金は、厚生年金被保険者期間が二〇年以上あるか、男子の場合、四〇歳以後の被保険者期間が一五年以上ある六〇歳以上の者に支給される(旧法第四二条一項)。その年金額は、以下の計算式により計算される。

老齢年金=基本年金額+加給年金額(旧法第四三条一項)

基本年金額=定額部分+報酬比例部分(旧法第三四条一項)

加給年金額(旧法第三四条五項)

定額部分=定額単価×被保険者期間の月数×スライド率

報酬比例部分=被保険者であった全期間の平均標準報酬月額×乗率×被保険者期間×スライド率

(注1) 被保険者期間の月数は、被保険者資格を取得した月からその資格を喪失した月の前月までの月数で算定され、定額部分については、二四〇月未満の場合は「二四〇月」として計算され、報酬比例部分については、実際に加入していた月数で計算される。

(注2) スライド率とは、公的年金制度が将来の一定の生活水準を保障するためのものであることから、保険料納付時以後の物価上昇に対応した年金給付水準を確保するために乗じられる数値のことである。具体的には、前年の消費者物価上昇率に応じて改訂されてきている。

(注3) 平均標準報酬月額とは、被保険者期間中の標準報酬月額を平均した額をいう。しかし、現在の賃金水準から見て低い過去の標準報酬月額をそのまま使うと、平均標準報酬月額も低くなり、ひいては報酬比例部分の額が不合理なものとなるので、過去の標準報酬月額に一定の倍率(再評価率)(別紙一)を乗じたものをその期間の標準報酬月額として再評価したうえで、平均標準報酬月額を計算する。

(注4) 乗率は、生年月日に応じた経過措置であるが、旧法適用対象者については、その数値は一〇〇〇分の一〇である。〔旧法第三四条一項、二項、第四三条二項、年金改正法附則第七八条、国民年金法等による年金の額の改定に関する政令(以下「スライド令」という)第三条〕

(注5) 定額単価、スライド率及び平均標準報酬月額の乗率は、別紙一記載のとおり法改正により変遷がある。

② 通算老齢年金

通算老齢年金は、前記(2)記載の旧法適用対象者について、次の「受給資格期間」と「支給を受けられる年齢」の二要件をともに満たした者に支給される(旧法第四六条の三)。その年金額は、基本年金額相当額であり、定額部分の被保険者期間の算定は、実際に加入していた期間による(旧法第四六条の四第一項、第二項)。

ア 「受給資格期間」

通算老齢年金を受けようとする公的年金制度(本件では、厚生年金)の被保険者期間が一年以上あるが、その制度から老齢年金を受けられるだけの受給資格期間を満たさないで、かつ、国民年金以外の公的年金制度の被保険者期間が二〇年(又は生年月日に応じた期間短縮の特例期間)以上あること等の要件に該当すること。

イ 「支給を受けられる年齢」

六〇歳から。

③ 老齢厚生年金

厚生年金保険の被保険者期間のある者が、老齢基礎年金の受給権を取得したときに、老齢基礎年金に上乗せする形で支給される。支給開始年齢は、六五歳である。その年金額は、次の計算式による報酬比例部分相当の年金額に加給年金額を加算した額となる(新法第四二条ないし第四四条、同法附則第一四条、第一五条、改正法附則第四八条、第五七条)。

《報酬比例部分相当の年金額の計算式》

平均標準報酬月額×乗率×被保険者期間の月数×スライド率

(乗率、スライド率については、別紙一参照。)

なお、報酬比例部分相当の年金額には、当分の間、「経過的加算」が行われる。「経過的加算」とは、後記④の特別支給の老齢厚生年金の定額部分と老齢基礎年金の差額のことをいう(年金改正法附則第五九条二項)。

④ 特別支給の老齢厚生年金

厚生年金保険の被保険者期間が一年以上あり、老齢基礎年金の受給資格期間を満たしている者に、六〇歳から六五歳に達するまでの間支給される〔新法附則第八条、国民年金法等の一部を改正する法律(平成六年法律第九五号)第一九条・第二〇条〕。その年金額は、以下の計算式による各部分を合計したものとなる〔新法附則第九条の二第二項、年金改正法附則第五九条第一項、同第三項ないし第五項、国民年金法等の一部を改正する法律の施行に伴う経過措置に関する政令(昭和六一年政令第五四号)第七五条、スライド令第三条〕。

《年金額の計算式》

定額部分=定額単価×被保険者期間の月数×スライド率

報酬比例部分=被保険者であった全期間の平均標準報酬月額×乗率×被保険者期間×スライド率

加給年金額

(定額単価、スライド率及び乗率については、別紙一参照。)

(4) 原告らは、被告の不法行為により、本件宿日直嘱託員として就労してきた期間に対応する厚生年金保険被保険者資格を取得できなかったために、老齢年金等又は老齢厚生年金等の受給権を取得できなくなる、また国民年金保険料を負担しなければならないという損害を被る一方で、逆に厚生年金の被保険者であれば負担すべきであった厚生年金保険料の支出を免れてきた。また、原告のうち六〇歳から六五歳までの間に既に「通算老齢年金」又は「特別支給の老齢厚生年金」を受給していた者は、厚生年金保険の被保険者であれば、右の期間は一部支給停止されていたであろう年金額を支給停止されることなく受給してきた。

したがって、原告らの被った損害額を、一般的に言うならば、①(既発生の損害)本件宿日直嘱託員として就労してきた期間に対応する厚生年金保険の受給権を取得していれば、現在までに取得し得た老齢年金等又は老齢厚生年金等の給付相当額と右本件宿日直嘱託員として就労してきた期間に負担してきた国民年金保険料の合計額から、現在までに受給済みの厚生年金及び国民年金支給額及び右本件宿日直嘱託員の期間に負担すべきであった厚生年金保険料相当額の合計額を控除した金額と、②(将来の得べかりし利益)年金受給権は、受給権者の死亡に至るまで存続するから、右本件宿日直嘱託員の期間を被保険者期間として算定した場合に原告らが死亡に至るまで得べかりし老齢年金等又は老齢厚生年金等の給付相当額から、死亡に至るまでに得べかりし現在受給している厚生年金及び国民年金の給付額を控除した金額との総合計金額(①+②)ということになる。

ただし、厚生年金制度は、度々改正されており、また各被保険者の加入歴により、具体的な厚生年金相当額、国民年金保険料及び厚生年金保険料相当額は、個々の被保険者ごとに算定することを要する。よって、具体的な損害額も、原告らの生年月日、厚生年金や他の年金制度加入歴、被告に任用されていた期間、そのときの年齢、得ていた給与、厚生年金制度の改正経過等に応じて、各原告ごと個々に、給付されるべき年金相当額及び支払済の国民年金保険料の額、控除されるべき受給済みの年金支給額及び厚生年金保険料相当額を算定して定められることになる。

(5) 原告らは、原告ら訴訟代理人に本件訴訟手続を委任し、その弁護士費用として損害合計額の一割相当の金額を支払うことを約したほか、本件損害額の算定には年金制度に関する特別の知識を要することから、社会保険労務士の訴外物江和子(滋賀県大津市《番地省略》モノエ社会保険労務士事務所)に本件損害額の調査を委任し、その調査費用として損害合計額の一割相当の金額を支払うことを約した。よって、右弁護士費用及び社会保険労務士費用も本件の損害額となる。

(6) 将来の得べかりし利益については、中間利息を新ホフマン係数を用いて控除する。平均余命は平成八年簡易生命表にもとづいて算出する。

(7) 遅延損害金の起算日は、現実に損害が具体化する老齢厚生年金支給時である六五歳の誕生日もしくは法定資格喪失日(旧法適用者)のいずれか早い日とするのが相当である。

(8) 以上の考え方にしたがって各原告の損害額を算定したが、その詳細は、別紙Aの第一ないし第一〇記載のとおりである。なお、計算の便宜のために、既発生の損害については平成一〇年三月分までとし、同年四月分以降は将来の得べかりし損害として計算してある。

(二) 被告の主張

仮に、各区長の本件措置が不法行為と評価される場合、これによって原告らが受けた損害額についての主張は次のとおりである。なお、原告らの計算の前提事実及び計算方法については、次に記載の点を除いては争わない。

(1) 原告らは、現在の老齢年金支給額を基礎にして損害額を算定しているが、現在の老齢年金支給額は、現在厚生年金保険料を支払っている者の負担能力を基礎にして、政策的に決定されているもので、必ずしも厚生年金保険料支払額以上の金員を年金として受け取れるものではない。今後、厚生年金保険料や老齢年金支給額について如何なる政策決定がなされるかは予測不能のことであるから、各区長等がした本件措置と原告らが主張する損害との間には、因果関係がない。

(2) 原告らの損害額算出に当たっては、使用者負担の厚生年金保険料額全額を差し引くべきである。なぜなら、被告にとって、原告らに現実に支払った給与も厚生年金保険料の使用者負担分の支出も、原告らが提供した労働に対する対価である。もし、厚生年金保険料を被告が支出していたとすれば、右保険料相当額を減じた給与を原告らに支給したはずである。よって、右使用者負担の厚生年金保険料全額を損益相殺するべきである。

(3) 弁護士費用、社会保険労務士費用は、相当因果関係がないから、損害として認められない。

(4) 原告仲北浦の損害について

① 同原告は、昭和四七年から昭和五二年までの実質二人体制であったことを前提に報酬額を計算しているが、右前提事実を争う。

② 同原告は、昭和四六年度から昭和四八年度まで宿直のみならず、土直、日直をしていたとの前提で報酬額を算定しているが、土直、日直が嘱託化されたのは昭和四九年四月からであるから、右前提事実を争う。

③ なお、原告仲北浦について、被告主張事実を前提に原告主張の計算方法で計算すると、同原告の損害額は金九九九万八〇〇八円となる。

第三当裁判所の判断

一  争点1(各区長等の本件措置は被告の事業の報行についてのものといえるか。)について

弁論の全趣旨より、各区長等の本件措置は被告の事業執行に必要ないし有益な行為であり、被告の事業執行についてのものと認められる。

なお、法が厚生年金保険被保険者資格取得手続を事業主(本件では各区役所等)の義務と規定していることは、右認定の妨げとはならない。

二  争点2(各区長がした本件措置が違法か)について

1  法は、九条で「適用事業所に使用される六五歳未満の者は厚生年金保険の被保険者とする」と適用事業所における強制加入の原則を定め(なお旧法には「六五歳未満の者」との制限はなかった)、同法一二条で、九条に該当しながら被保険者とならない者について除外規定をもうけた。即ち、日雇い労働者(同条二項イ)、二か月以内の期間を定めて使用される臨時使用人(同項ロ)、四か月以内の季節的業務に使用される者(同条四項)及び六か月以内の臨時的事業の事業所に雇用される者(同条五項)等である。

2  ところで、右除外規定には該当しないものの、厚生年金の実務において被保険者資格を有しないものと扱われてきたのが、いわゆるパート、アルバイトと呼ばれる短時間労働者である。このような短時間労働者は、多くはその労働によって生計を立てる者とは言えず、法の予定している「労働者」に該当しないものと考えられるから、右取扱が違法とは考えられない。もっとも、パート、アルバイトという身分であっても、給与や労働時間において正社員と遜色がなく、これによって生計を立てている者も多数存在し、これらの者は「労働者」に当たるというべきであるから、厚生年金の実務においては、その区別の基準が必要である。そして、《証拠省略》によると、本件内簡においては、区別の基準として「常用的使用関係」なる概念を使用し、「常用的使用関係」にあるか否かは、就労者の労働日数、労働時間、就労形態、勤務内容を総合的に勘案して認定すべきであるが、一日又は一週の所定労働時間及び一か月の所定労働時間が当該事業所の同種業務につく通常の就労者の概ね四分の三以上である就労者は原則として被保険者資格者として取り扱うべきである、としたこと(以下この基準を「本件基準」という。)、本件基準は、遅くとも昭和五六年二月ころまでには、社会保険庁の広報紙への掲載等の方法で一般に公表、周知されたことが認められるところ、本件基準が違法、不当とは考えられない。(なお、本件全証拠によっても、短時間労働者の被保険者資格の認定につき、本件基準よりも妥当な基準を見出すことはできない。)

そこで、以下、原告らの被保険者資格の有無について、本件基準にしたがって検討することとする。

3  被告の区役所等において、原告らと同種業務(宿日直業務)につく通常の就労者は存在しない(当事者間に争いがない。)。そのような場合、毎日八時間を勤務する一般の職員と原告らの労働時間を比較するべきである。ところで、労働時間とは、労働者が使用者の指揮監督下にある時間をいうと解するべきところ、原告らは仮眠中であっても電話の応対、緊急時の電話連絡等が義務づけられているから、仮眠時間も労働時間に含まれるというべきであるが、控えめに仮眠時間を除いた労働時間を計算することとする。なお、原告らの勤務は前記第二の一の2の(三)記載のように二人勤務である。また、《証拠省略》によると、土直、日直業務についての本件宿日直嘱託員への委嘱時期は昭和四九年四月からであると認められ、弁論の全趣旨によると、各区役所等毎に、従前(概ね昭和五〇年代まで)は三名が、その後(概ね昭和六〇年前後ころから)は四名が交替で勤務していたことが認められる。労働時間を宿直(午後五時から翌午前八時三〇分勤務)の場合、仮眠時間七時間を控除して八時間三〇分、土直(土曜日が一二時まで業務時間であったころの午後〇時から午後五時までの勤務)の場合五時間、休日の日直(午前八時三〇分から午後五時)の場合八時間三〇分として計算すると、原告らの週の延べ労働時間はおおよそ次のようになる。(なお、一般職員の週の延べ労働時間は四〇時間である。)

(一) 昭和四九年三月まで 約四〇時間

〔(計算式)(8.5×7)×2÷3=39.66〕

(二) 昭和四九年四月から四名による交替勤務になるまで 約四九時間

〔(計算式)(8.5×7+5×1+8.5×1)×2÷3=48.66〕

(三) 四名による交替勤務になってから、週休二日制が実施されるまで 約三七時間

〔(計算式)(8.5×7+5×1+8.5×1)×2÷4=36.5〕

(四) 週休二日制が実施された後 約三八時間

〔(計算式)(8.5×7+8.5×2)×2÷4=38.25〕

そうすると、いずれの時期においても、原告らの労働時間が、仮眠時間を除いても一般の職員の四分の三以上であったこと、仮眠時間を含めれば、むしろ一般の職員よりも長時間であったことが明らかである。

4  よって、原告らは本件基準を満たすから、被告と常用的使用関係にあり、厚生年金の被保険者資格を有するというべきである。

これに対し、被告は、①原告らの給与が一般の被告職員のそれに比較して少額であること、②労働密度が薄いこと、③本件宿日直職員の勤務日は、必要な都度上司が勤務日を命ずる交代制勤務であること、④本件宿日直嘱託員にとって厚生年金加入の必要性が低いことを理由に、原告らに被保険者資格がない旨主張する。

しかし、原告らの給与が一般の被告職員のそれに比して少額であるとしても、原告らの給与がその生計を主として支えるに足りない金額であるとまで認めるに足りる証拠はない。また、前記3のとおり、労働密度が薄いと評価できる仮眠時間を除いても、原告ら本件宿日直職員の労働時間は本件内簡が示した前記基準を満たすものである。また、原告ら本件宿日直職員の勤務日が必要な都度上司が勤務日を命ずるものであることは、原告ら本件宿日直職員の勤務時間に鑑みれば、前記3の認定を妨げるものでは全くない。さらに、厚生年金の被保険者資格の有無は労働の内容から判断するべきであって、その者についての厚生年金加入の必要性等という要素を持ち込むべきではない。

したがって、右①ないし④の被告の主張は採用できない。

5  とすると、原告らについて被保険者資格の届出をしなかった区長らの本件措置は、法二七条違反のものであるといわざるを得ない。

ところで、法二七条は、厚生年金の強制加入の原則を実現するための方策として、事業主に被保険者の資格の取得等の届出を義務づけたものと解されるところ、右強制加入の原則が採られたのは、一次的には、厚生年金の財政的基盤を強化することが目的であると解せられるが、同時に一定の事業所に使用される労働者に対し、その老齢、障害及び死亡について保険給付を受ける権利をもれなく付与することもその目的であると解されるから、事業主による法二七条に違反する被保険者資格の取得の届出義務違反行為は、当該労働者との関係でも、違法との評価を免れないものというべきである。

三  争点3(各区長等に本件措置について責任があるか)について

1  前記二1のように、法は、適用事業所に使用される者は厚生年金保険の被保険者とする旨定めており、被保険者の除外規定は法一二条以外には設けられていない。従前から、パート、アルバイト等の短時間労働者が被保険者資格を有するか否かは問題ではあったが、本件基準が公表される以前に、これにつき依拠すべき何らかの実務的基準が存在したことについては証拠がない。

他方、被保険者資格の取得の効力発生は都道府県知事の「確認」によって生ずるのであって、事業主がする被保険者資格取得の届出は、その前提たる手続にすぎない。したがって、事業主としては、被用者の被保険者資格の有無について疑義があれば、届出をしておくべきであって、都道府県知事において被保険者資格がないと判断すれば、「確認」をしない取扱になるにすぎないのである。

2  このように解するときは、法によって被用者についての厚生年金保険被保険者資格の取得についての届出義務が課せられている各区長等としては、届出を怠ることによって被用者が厚生年金に加入する権利を侵害する結果とならないように注意すべき義務があるというべきである。そして、右1の事情に照らすと、本件基準が公表された後は、右二記載のように、原告らは明らかに本件基準を満たすのであるから、各区長等が法二七条の届出をしなかったことについて過失があるというべきであるし、右公表以前においても、各区長等としては、原告らの被保険者資格の有無について、これを否定する確たる根拠がない以上、少なくとも右届出はしておくべきであったというべきであるから、これをしなかったことについて過失があるとの評価を免れないというべきである。

なお、被告以外の多数の自治体において、嘱託職員について厚生年金保険の保険者として処理しなかった事例が存することは、右判断の妨げとならない。

四  争点4(被告の責任は免責されたか)について

法が、厚生年金保険料を二年に限り遡って支払うことを認め、保険料の支払われていない期間については年金の支給をしない旨を規定している(法九二条一項、七五条)趣旨は、国及び被保険者間において、保険料の支払い、保険金の給付に関する紛争を簡明に解決する点にあると解せられるが、これを超えて、法二七条の届出を怠った事業主と被保険者との紛争を簡明に解決したり、事業主を免責したりする趣旨があると解することはできない。

よって、被告の免責の主張は採用できない。

五  争点5(除斥期間)について

1  民法七二四条後段の二〇年の除斥期間の起算点は、条文上は「不法行為の時より」となっているが、これは不法行為と同時に損害が発生する通常の場合を想定した規定であって、不法行為時から相当期間経過後に損害が発生する例外的な場合においては、損害発生時から除斥期間の進行が始まるものと解するのが相当である。なぜなら、そのような場合において不法行為時から除斥期間の進行が始まるものと解すると、損害が発生していないのに除斥期間が進行し、極端な場合には、損害が発生する前に除斥期間が満了してしまうという不都合な事態が生じうるからである。

2  そして、各区長等の本件措置は、損害が不法行為よりも遅れて発生する例外的な場合に当たるというべきである。なぜなら、厚生年金保険の老齢給付を受ける権利が発生するのは、新法においては原則として六五歳に達したとき(法四二条)、ただし特別支給の老齢年金については六〇歳に達したとき(ただし、受給資格を満たしている場合、法附則八条)であり、旧法においては六〇歳に達したときであって、右権利が発生したときに、同時に各区長等が法二七条の届出をしていた場合の得べかりし利益も発生すると解せられるからである。年金請求権は、一定期間、各種の年金の被保険者となり、各保険料を納付したことを要件として算定され、支給されるものであって、最終的に如何なる金額の年金が支給され、得べかりし利益がいくらになるかは、年金請求権が発生する時点にならないと判明しないのであって、それ以前の段階で、得べかりし利益(損害)が発生していると捉えるのは困難といわなければならない。

3  以上の次第で、本件において除斥期間が進行を始めるのは、個々の原告らにおいて老齢給付の請求権が発生した時点からというべきであるから、いずれの原告についても本件各提訴までに二〇年が経過していないことは明らかであって、被告の除斥期間満了の主張は採用できない。

六  争点6(過失相殺)について

1  法は、都道府県知事が被保険者資格の取得及び喪失について「確認」をする前提としての都道府県知事に情報を集中する方法として、一次的には事業者に届出義務を課し(二七条)、二次的には、被保険者自身に都道府県知事に対する確認請求の手続をもうけ(三一条)、更に職権によっても「確認」ができるものとしている(一八条二項)。現実には、職権による「確認」は殆ど期待できないから、法は、事業主の届出と、被保険者の確認請求によって、被保険者資格の取得の発効について遺漏なきを期したものと解せられる。

2  《証拠省略》によると、原告らは、各自が本件宿日直嘱託員として任用されたときに、厚生年金保険には加入できない旨の説明を各区長等ないし上司から受けたが、これに対して特段の不審を持つこともなく、それ以後所轄社会保険事務所から被告に対する前記の勧告がなされるまでの間、右確認請求の手続をとらなかったのみならず、被告に対し、厚生年金保険への加入について、特段の要求、要望、疑問の提出等をしたこともなかったことが認められる。被告としても、本件宿日直嘱託員の厚生年金保険への加入問題について、嘱託員自身から要求等が出ていれば、もっと早期に事務の見直しをした可能性もあったが、これがなかったため、事務の見直しの機会をもつことができず、ずるずると違法な取扱を続けてきたものということができる。

3  そうすると、事業主の届出と被保険者の確認請求によって被保険者資格の取得の発効について遺漏なきを期そうとした法の趣旨に鑑み、原告らが確認請求、その他自分たちの厚生年金保険に加入する権利を保全するための何らの行動に出なかった過失を斟酌し、民法七二二条により、原告らが被った損害の内、その七割について被告に賠償を命じることが相当と判断する。

なお、被保険者からの確認請求の手続が現実には殆ど利用されていないことは、右判断の妨げにならない。

七  争点7(損害論)について

1  被告は、将来の年金支給額は政策判断によって定まるものであるから、各区長等がした本件措置と原告らが主張する損害との間には因果関係がないと主張する。

なるほど、我が国の公的年金制度は、少子高齢化の進行、経済の低成長等によって厳しい財政状態に直面しており、現在、公的年金の廃止(民営化)も含めた様々な改革案が議論されていて、将来の給付水準の切り下げの可能性も小さくはない(公知の事実)。しかしながら、原告らが主張する損害のうち、既発生の損害は、各区長等がした本件措置との相当因果関係を肯認することに何らの妨げがない。また、将来の得べかりし利益については、右改革の具体的方向が蓋然性をもって予測できる状況ではないし、仮に給付水準の切り下げが実施されても、既得権益はそれなりに保護される可能性が強いことに鑑みると、これも各区長等がした本件措置と相当因果関係のある損害と認めるべきであるし、その損害額の算定方法としては、現在の給付額を前提に算定するのはやむを得ないものというべきである。被告の右主張は採用できない。

2  被告は、原告らの損害額算出に当たっては、使用者負担の厚生年金保険料額全額を差し引くべきである旨主張する。しかしながら、使用者が負担保険料相当額を給与から差し引くことは法律的には全く予定されていないのであって、被告の右主張は採用できない。

3  被告は、弁護士費用、社会保険労務士費用は、相当因果関係がないから、原告らの損害として認められない旨主張する。しかしながら、本件事案の性質に鑑みると、相当な弁護士費用は各区長等の本件措置と相当因果関係のある損害と認めるべきである。次に社会保険労務士費用については、原告らは、本件損害額の算定には年金制度に関する特別の知識を要するから、社会保険労務士に対する委任費用も被告の不法行為と相当因果関係のある損害である旨主張するところ、なるほど、我が国の公的年金制度は、頻繁な法改正を繰り返し、しかもその都度既得権を尊重しながら、複雑な経過措置が定められていて、正確な年金受給額を算定するのは困難な作業であることは公知の事実である。しかしながら、いかに困難とはいえ、その算定方法は法規に定められているのであって、一般人であっても、時間をかけて調査すれば、右算定は可能であり、まして法律の専門家である弁護士であればなおさらであるから、弁護士費用と別に、社会保険労務士に対する委任費用まで被告の不法行為と相当因果関係のある損害と評価することはできない。

4  (原告仲北浦の損害について)

同原告は、昭和四七年から昭和五二年までの実質二人体制であったことを前提に報酬額を計算しているところ、同原告の供述中には、勤め始めた当初は二人体制であったとの部分があるが、その供述内容が曖昧である上、《証拠省略》によって認められる、伏見区役所深草支所で昭和五〇年四月一日付で本件宿日直嘱託員の委嘱を受けたのは原告仲北浦を含め三名であった事実にも鑑みると、右供述だけから右前提事実を認めることはできず、他に右前提事実を認めるに足る証拠はない。

また、同原告は、昭和四六年度から昭和四八年度まで宿直のみならず、土直、日直をしていたとの前提で報酬額を算定しているが、当時土直、日直が嘱託化されていたと認めるに足る証拠はなく、かえって前記のとおり、土直、日直が嘱託化されたのは昭和四九年四月からであると認められる。

5  そこで、原告ら各自の損害額を検討する。

(一) まず、原告仲北浦に関する前提事実を除き、原告ら主張にかかる計算の前提事実については、被告において明らかに争わないから、これを自白したものとみなす。また計算方法の相当性についても被告は争わないし、当裁判所としても、平成八年四月以降のスライド率等に誤りがあるので別紙B及びCの1ないし9記載のとおり改めるほかは、これを相当であると認める(ただし、弁護士費用及び社会保険労務士費用の点を除く。)。そして、右事実及び計算方法を前提に原告ら各自の損害額を算出すると、原告仲北浦を除くその余の原告らの損害額は、次のとおりになる。

(1) 原告堀田 金七二九万四〇〇四円

(2) 原告田邊 金六三万二一〇四円

(3) 原告大前 金四一二万八二九〇円

(4) 原告児島 金三八九万八一四四円

(5) 原告横山 金五七六万五五七三円

(6) 原告塚本 金五三五万一八四八円

(7) 原告小林 金八一〇万七四九九円

(8) 原告藤川 金三九万四三三六円

(二) 次に、原告仲北浦の損害については次のようになる。

(1) 原告仲北浦の本件宿日直嘱託員報酬月額及び標準報酬月額は、別紙一一の三のとおりとなる。したがって、平均標準報酬月額の算定は、別紙一一の四のAないしDのとおりとなる。そして、これらの数値をもとに現在までに取得し得た本来の特別支給の老齢厚生年金、本来の老齢厚生年金の合計給付相当額を計算すると、別紙一一の二(ただし、別紙Cの9のとおり改める。)のとおり、金九九五万二〇〇三円となる〔本来の特別支給の老齢厚生年金(在職老齢厚生年金)についての計算は、別紙一一の一〇のとおり。〕。

(2) 現在までに現実に受給した特別支給の老齢厚生年金、老齢厚生年金額は、別紙一一の五のとおり(ただし、別紙Cの9のとおり改める。)、金二三八万三二〇〇円である。

(3) 原告仲北浦が支払うべきであった厚生年金保険料相当額は、別紙一一の七記載のとおり、金一一八万二一四〇円である。

(4) 昭和四六年一二月一日以降の国民年金保険料払込期間に対応する国民年金受給総額は、原告仲北浦主張のとおり、金二六二万四七二一円である。

(5) 昭和四六年一二月一日以降に払い込んだ国民年金保険料は、原告仲北浦主張のとおり、金八六万七九七〇円である。

(6) よって、既発生の損害は金四六二万九九一二円となる〔別紙一一の九の上段参照。ただし、別紙Cの9のとおり改める。〕

(7) 将来の損害は、本来の老齢厚生年金給付相当額最新額が金一三二万七五〇〇円、現在の老齢厚生年金額が金二五万五四〇〇円であるほかは、原告仲北浦主張の数値で計算すると、金五二八万〇六一九円となる(別紙一一の九の下段参照。ただし、別紙Cの9のとおり改める。)。

(計算式)(1,327,500-255,400-534,419)×9.8211=5,280,619

(8) よって、原告仲北浦の損害(弁護士費用を除く)は、(六)と(七)を加算した金九九一万〇五三一円となる。

6  以上の結果、各原告の弁護士費用を除く過失相殺前の損害額は(1)記載のとおり、過失相殺後の損害額(一円未満四捨五入)は(2)記載のとおりとなる。

(一) 過失相殺前の損害額

(1) 原告堀田 金七二九万四〇〇四円

(2) 原告田邊 金六三万二一〇四円

(3) 原告大前 金四一二万八二九〇円

(4) 原告児島 金三八九万八一四四円

(5) 原告仲北浦金九九一万〇五三一円

(6) 原告横山 金五七六万五五七三円

(7) 原告塚本 金五三五万一八四八円

(8) 原告小林 金八一〇万七四九九円

(9) 原告藤川 金三九万四三三六円

(二) 過失相殺後の損害額

(1) 原告堀田 金五一〇万五八〇三円

(2) 原告田邊 金四四万二四七三円

(3) 原告大前 金二八八万九八〇三円

(4) 原告児島 金二七二万八七〇一円

(5) 原告仲北浦金六九三万七三七二円

(6) 原告横山 金四〇三万五九〇一円

(7) 原告塚本 金三七四万六二九四円

(8) 原告小林 金五六七万五二四九円

(9) 原告藤川 金二七万六〇三五円

7  本件事案の性格、審理の経過、認容額等に照らし、被告の本件不法行為と相当因果関係のある弁護士費用としては、各原告につき、次の金額をもって相当と認める。なお、括弧内は各原告毎の弁護士費用を加えた損害の総額である。

(一) 原告堀田 金四〇万円(金五五〇万五八〇三円)

(二) 原告田邊 金四万円(金四八万二四七三円)

(三) 原告大前 金二五万円(金三一三万九八〇三円)

(四) 原告児島 金二五万円(金二九七万八七〇一円)

(五) 原告仲北浦 金五五万円(金七四八万七三七二円)

(六) 原告横山 金三五万円(金四三八万五九〇一円)

(七) 原告塚本 金三〇万円(金四〇四万六二九四円)

(八) 原告小林 金四五万円(金六一二万五二四九円)

(九) 原告藤川 金二万円(金二九万六〇三五円)

七  よって、主文のとおり判決する。なお、仮執行の宣言は相当でないから付さない。

(裁判長裁判官 窪田正彦 裁判官 井戸謙一 田邉実)

〈以下省略〉

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